2019年 11月 05日
僕たちのチェイン・ストーリー(中編) |
「マジ緊張する…」

機材や楽器のセッティングを終えたいーはとーゔのリハーサルが始まると、ベースの菊地芳将くんがそうつぶやいている。嘆いているともいえるかもしれない。ところがその言葉とは裏腹に、ステージから繰り出される音は安定している。かつグルーヴィーだった。先にリハーサルを終えたスチョリ、ヒョンレ、ガンホ、岩城、吉岡、谷口、僕も含めた7人は固まった。1曲終わると誰からともなく拍手が続いた。
「ハギさん、ボーカルもうちょい上げたほうがいいかも」
ヒョンレはPAの萩野さんに伝えている。なんだこの愛情は。息子を思う父のようだ。ガンホは最前列の椅子に腰掛けたまま固まっている。微動だにしない。そもそも自分たちのリハーサルが終わると近くの居酒屋にでも行って開演まで飲むのがいつもの流れだけど、誰もムジカジャポニカから出て行こうとしない。
「すごいな」
「俺、今日でスティック置くわ」
「もう土下座しましょか」
口々に漏らす。この感情はなんと表現すればいいのだろう。驚きと嘆きと喜びが交錯するこの感情。僕はファーストアルバム『スロウ・リビング』に収録されている楽曲が演奏されると一緒に口ずさんでいた。ほぼ無意識のうちに。そしてこの日初めて聴く新曲たちの素晴らしさに感動していた。
リハーサルが終わってから近くの揚子江ラーメンへ行くことになった。食べ終わっても開演までまだ30分もあるのに、ガンホはひとり先に店を後にした。表情は硬い。「あいつ緊張してるんか?」ヒョンレが言う。「今日のLos Dobros絶対失敗しますやん(笑)」岩城が嘆く。ガンホと岩城は今年結成したユニット Los Dobros(ロス・ドブロス)で今夜のオープニングアクトを務めることになっていた。
ムジカジャポニカに戻るとこの日を楽しみにしていたお客さんで満杯だった。今回のフライヤーをデザインした水田十夢も到着していた。19時、企画及び主催者であるスチョリの挨拶から始まり、Los Dobrosをステージに招き入れる。
「Los Dobrosです!!!」
ガンホが叫ぶ。やはり少しテンションがおかしいが客席は湧いている。ユニット名の通り二人ともドブロギターを弾くインストユニットで、これまで何度かライヴをしている。3曲を披露したがそのうちの1曲が新曲という攻めのセットリスト。しかもその新曲はリズムボックスを使ったブラジリアン・メロウインスト。シュールな世界観だった。ボケのガンホとツッコミの岩城。いろんな意味で爪痕を残した"新人" Los Dobrosは今後の活動に注目である。いつかCDも出る、かもしれない。
いーはとーゔにとって大阪初ライヴとなるこの夜、セットチェンジの合間になじみのお客さんたちから「いーはとーゔ、どんなん?」と聞かれたので「すごいから。マジですごいから」とだけ伝えることにした。今夜、予備知識は不要だ。そしていーはとーゔが登場する。本編が始まる前にザ・バンドの「Don't Do It」をジャムったりしている。オープニングからリハーサルを上回る演奏力でグルーヴを紡ぎ出し、客席が一瞬にしてどっと盛り上がる。ミーターズ的ニューオーリンズファンクの「セカンド・ライフ」、フィフス・アヴェニュー・バンドやラヴィン・スプーンフルあたりのグッドタイム・ミュージック路線の「Good Morning Girl」など冒頭から幅広い音楽性を展開する。
1時間の持ち時間で彼らは12曲を演奏した。そのうち5曲がファースト『スロウ・リビング』収録曲、残りは新曲とカバー曲という構成だった。カバー曲はリハーサルのときにヒョンレも驚いた「Buried Alive In The Blues(生きながらブルーズに葬られ)」をポール・バターフィールズ・ベター・デイズのバージョンで披露した。いやはや、まいったまいった。
『スロウ・リビング』で僕のイチオシは「レニー」という曲だ。この夜も演奏したんだけど、寄稿したコメントでもそういうふうに書いてしまったものだから、打ち上げのときにキーボードの簗島瞬くんに「すごいプレッシャーでしたよー!」と言われてしまった。申し訳ない。でも生の「レニー」が観れて嬉しかった。
僕もスチョリも"今日イチ"と合致したのが「またあの道を」という曲だった。リード・ギタリストの森飛鳥くんから歌い始め、メインの戸谷大輔くん、ベースの菊地くんの3人で歌い回す。簗島くんのソウルフルなコーラスも印象的だった。メロウなサザンバラード、サビの"On The Road Again"というフレーズもグッと来る。名曲だ。きっと彼らの代表曲になるだろう。聞けばラリーパパの「黒猫よ、待て!」に影響を受けて作った曲だという。なんとまあ。彼らのラリーパパ愛はとてつもない。
会場にいたお客さんのほとんどはいーはとーゔのパフォーマンスを観て、自分の「ラリーパパ&カーネギーママ初体験ライヴ」を思い出していたはずだ。僕もその一人だった。18年前の夜が何度もフラッシュバックした。違いといえば、あの頃は極度の人見知りからくる無愛想な佇まい、そして演奏力の差、だろうか。ラリーパパは今も昔も荒削りだ。いーはとーゔのような高い演奏力は備わっていない。
それにしてもここまで酷似した音楽性を持つバンドがいるというのは本当に嬉しい。もちろんラリーパパに影響を受けているから、ではあるが彼らの登場に喜び以外は必要ない。20年かけていよいよフォロワーが出てきてくれた。それははっぴいえんどとサニーデイ・サービスの関係性と近いのだな、と思った。
暗転したステージへPiCas、ヒョンレ、スチョリの順に持ち場へと向かう。ラリーパパのようでいてラリーパパでない、カーネギーママでもファウンデーションでもない。でもやっぱりラリーパパなのかもしれない。そんな夜が始まろうとしていた。
(後編へつづく)

by goodtimemusic
| 2019-11-05 22:00